秋田を訪ねて

 先日、久しぶりに日本で始めて世界自然遺産に登録された白神山地の玄関口、能代に行って来た。秋田は今年「わか杉」国体が開催されたり、秋田竿燈祭りや♪秋田名物♪八森ハタハタ、男鹿ブリコ、能代春慶、桧山納豆、大館曲わっぱ 秋田音頭です。
 羽田を早一番のフライトで(70分)米代川に沿って降下、大館能代空港に着いた。
 機窓から眼下に蔵王の上空を通過する時分には、東北全山紅葉の真っ盛り。大館能代空港は、確か、秋田新幹線の開業と同じで10年経ったかどうかの新設空港だったと思う。私が以前訪れた時には、秋田空港のみでしかも海っぺりにあり、YS11 のプロペラ機、有視界飛行の為、風や濃霧でよく山形空港に降ろされた。空港から「秋北バス」に乗車客は、私一人の貸切だ。幸いな事に道中(60分)運転手さんとずっと話が弾んだ。久しぶりに聞く秋田弁が私の耳許に素朴で温かい安らぎさえ覚える。景色と共に心地よい気分となった。又、鷹ノ巣、二ツ井、五城目、阿仁、藤里、比内 等の地名も非常に懐かしく感じた。
 実は、30年程前学校プール等の建設の営業としてよく訪れた所だ。あの時大変お世話になった、首長、教委会、建設課の方々今どうしているかしら、私より大分先輩だったので……。 機会があったら又ゆっくり訪ねてみたい。
 藤里と言えば、あの畠山某女や、比内地鶏のインチキ事件等あったが、往々にして閑静で落着いた人柄も良く、私は気に入っている。
大館、二ツ井、鷹ノ巣と言えば、学生時代スキー部でシゴかれた監督や部長先生の出身地だ。
 この度の能代訪問は、「蔵王山水苑」のお客様のお宅にお邪魔するためだった。
 能代と言えば、昔「木都」と言われ、秋田杉、銅、米をはじめ、様々な物産の取引で大いに賑わった所で、秋田に続き第2の都市であったが、今や二ツ井と合併されての人口もやっと6万人、大館に後れを取っている。シャッター通りが続き、(日曜日のせいもあったか?)車、人の往来もまばらで閑散としていた。
 私の後輩も能代で代々続いた結構大きな商いをしていた店を営んでいたが、その跡地も駐車場となり、本人も仙台に移住した。故郷を捨てたという事か?誠に寂しい限りだ。
 帰りは秋田から「こまち」に乗ったが、車体も小ぶりで山形新幹線の「つばさ」に似ているが、ホワイトをベースにピンクのライン、その姿はかの有名な秋田美人にも例えられる。
 発車すると、秋田〜大曲間はスイッチバック走行となり、進行方向と逆となると何か変な感じで、人によっては気分が悪くなるかもしれない。
 みちのくの小京都と呼ばれる角館を過ぎ、田沢湖〜盛岡間の田んぼと畑が織りなす、のどかな田園風景と、それに続く奥深く広がる渓谷は、まるで錦絵のような美しい黄金色、金満色、山吹色、目にも鮮やか「燃ゆるような」とは、この事だと思った。
正に錦秋を寸(チョン)の間だけど、単線を利用した新幹線の為、在来線の交差待ちをしたり、ゆっくり走行するのが嬉しい。
 車中のお客共々絶賛、満喫した。蔵王のそれも見事だが、それにも増して言葉を失ったくらい素晴らしいものだった。未だ遅くない一度お出かけになったらどうだろう、推薦する。
 能代のお客様が「この町は寂しいけど、蔵王町、遠刈田温泉、蔵王山水苑は活気があり、元気が湧いてくるような所だ」と言ってくれた。
 大変ありがたい言葉である。
 香川県のご出身で学生時代は岡山で過ごされ、お勤めの関係で大阪・東京と転勤され、「能代で2年が経過、当面は別荘として、ゆくゆくは定住を考えている」と言う。
 海外支社(米国・中国)、本社(東京)と出張も多く、ご本人、奥様共々「ゆっくり、身も心も洗い休める所として、最適な環境を提供してくれて本当にこれから楽しみだ」とも言ってくれた。こんなお客様の言葉に心を引締め、期待を裏切らない様、又、購入して良かったと言って頂けるよう「住み良い町づくり」に専念したいと思う。
 仙台から高速バス(ミヤコーバス)で小妻坂、蔵王山水苑前に着いた。約60分バスのお陰で通勤・通学が可能になり便利になった(乗客は20名位)。たった一日の旅だったが、時俗とかけ離れた、忘れられた景色に思いかけず、めぐり合い、『感じさせられた旅』、『考えさせられた旅』が出来た事に感謝している。(無断転写禁止!)


                     往年の湘南ボーイ♪
       
山水苑日記 | 2007.11.02 09:05 | コメント(0)
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